大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和57年(行ツ)155号 判決 1985年9月27日

東京都新宿区西新宿四丁目一四番七-二〇一号

上告人

株式会社 中央設備商会

右代表者代表取締役

名内茂

右訴訟代理人弁護士

鶴見祐策

千葉憲雄

東京都新宿区北新宿一丁目一九番三号

被上告人

淀橋税務署長

伊東稔博

右当事者間の東京高等裁判所昭和五六年(行コ)第三一号法人税課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五七年七月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鶴見祐策、同千葉憲雄の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第二、第三について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件控訴法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大橋進 裁判官 木下忠良 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎)

(昭和五七年行ツ第一五五号 上告人 株式会社中央設備商会)

上告代理人鶴見祐策、同千葉憲雄の上告理由

第一点 憲法違反、法令違背

一、原判決は、租税特別措置法(以下単に措置法という)六二条四項が定める交際費等の意識に関して、第一審裁判所が「交際費等に該当する支出の相手方としては、当該法人の従業員も含まれる」とし、また同項但書に関して「法人が業務に関連して従業員の飲食代を支出した場合でも、その飲食が右の運動会、演芸会、旅行等と同じように従業員の慰安のために相当なものとして通常一般的とされる範囲内のものであるときは、交際費等に該当しないが、右の限度を越えたときは、たとえそれが事業遂行に必要であるとか、慣行化されているとかの事情があつても、交際費等から除外されるものではない」と判示したところを、そのまゝ肯認した。

しかしながら、右の見解は憲法三〇条、八四条が定める租税法律主義に反し、あるいは右措置法の解釈を誤つたものであるから、原判決は破棄されるべきである。

二、まず、措置法六二条四項にいう「交際費、接待費、機密費その他の費用」とは、会計処理上の費目を例示的に並べたものであつて、費目の別はともあれ、要するに、相手方との親陸を図り、その度合を深めることを目的とする支出を意味していることは明らかである。相手方が「得意先、仕入先」などの取引先については疑問はない。問題は「その他事業に関係ある者等」の意義であるが、この規定の仕方はきわめてあいまいであつて、憲法三〇条、八四条の租税法律主義に由来する課税要件明確性の原則に反しており、その有効性に疑いがあるが、これを有効に解するならば、租税法律主義を堅持する立場から、納税者の権利擁護の観点に立つて厳格に解釈すべきものである。そうだとするならば「その他の事業に関係ある者等」の中に、当該法人の役員や従業員を含めて解すべき理由は全くなく、得意先、仕入先と同視すべき者か、これに比すべき当該法人外の者を意味すると解するのが相当である。

そもそも役員に対する支出は、「報酬」又は「賞与」であつてそれ以外にありえず、「交際費、接待費、機密費」などの費目が生ずる余地がない。従業員に対する支出も同様であつて、「給与」なり「福利厚生費」とするのが通常であり、当該法人の対外的な取引活動を円滑ならしめ、取引先等との関係を緊密にならしめるための、本来のいみでの「交際費」とは、全く異質のものである。

もし、当該法人の役員や従業員を含む趣旨であるならば、法はそのことを明記しなかつたはずがない。それが明示されていないことは、すなわち役員や従業員に対する支出が損金限度超過額不算入の対象となるべき交際費等に該らないとの見解に立つことを示すものにほかならない。

三、もつとも、同項のカツコ書きの除外規定の中に「もつぱら従業員の慰安のために行なわれる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用」とあるところから、従業員に対する支出も交際費等に含まれることを前提にしているとの見解がありうる。第一審判決もこのことに言及している。しかし、これは正しい解釈とは思われない。このカツコ書きは、その位置からみても「接待、きよう応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するもの」と但書きとしての意味をもつものであることは明らかである、これら「接待」以下の行為は、いずれも交際目的でなされるもの例示しているのであるが、言葉の通常のいみから考えるならば「得意先」「仕入先」など取引先に向けられた、いわば対外的な行為を指すのであつて、当該法人の役員や従業員に対する行為として成立つ概念ではあり得ない。対内的に行われるものを「接待」「きよう応」「贈答」ということはできない。ところが「慰安」は、相手方の特段の労苦にむくいるために、娯楽なり遊興の機会を供する意味であるが、取引先などの対外的にも成立ちうると同時に、従業員など、対内的にも成立ちうる概念である。そこでカツコ書きは、「慰安」について、混同を避ける必要から、取引先の事業関係者に対する部分を含まず、「もつぱら従業員」を対象とした「慰安のために行なわれる運動会、演芸会、旅行等」のため通常要する費用は、それが福利厚生費であつて、同項が定める交際費等に該当しない趣旨を注意的に規定したのである。

このことは、「その他法令で定める費用」の意義からも十分裏付けられる。措置法施行令三八条の二は、一号から三号までを定めているが、一号は広告宣伝のために通常行なわれている「贈答」を想定したもので、いわゆる広告宣伝費であり、二号は会議費であり、三号は、編集費、取材費であり、いずれも事業に関連して要する費用である。そして、その対象は、従業員に限られず、むしろ従業員以外の対外的事業関係者に対する場合が多いと考えられる内容である。要するに、これら法令で定める支出は、措置法のいう交際費に該当するものの中から特に除外するというものではなく、もともと交際費ではないけれど、この行為の態度が「接待」「きよう応」「贈答」など本文に定める行為とまぎらわしいものがあるので、このことの「誤解を避けるために注意的に除外した確認規定にすぎない」(松沢智「租税実体法」中央経済社二八六頁)のである。

ちなみに、会議費については、従来の通達では「酒類を伴わないもの」との条件が付されていたが、社会の実態と常識に反するとの批判があつて通達が改正され、酒類が供されても必ずしも交際費等に該らないとされ、同時に、ここでいう会議には来客との商談や打合せ等も含まれる趣旨が明確になつた(国税庁法人税課・小田有邦「税理」昭和五五年一月号別冊付録)。

以上のとおり、カツコ書から「その他事業に関係ある者」の中に当該法人の役員、従業員を含めて解すべき根拠は全くないことが明らかである。

四 第一審判決は、交際費等の一定限度超過額の損金不算入の趣旨が、「社会的冗費の抑制」にあるとしているが、「社会的」といつても「冗費」かどうかは、当該法人の事業の実態を離れて論ずることは不可能である。「冗費」とは無駄な費用にほかならず、従つて企業にとつて事業を継続、維持していくのに必要欠くべからざる支出がこれに該らないことは明らかだからである。そして、その額が「通常一般的とされる範囲」内のものか、その限度を越えるものかの判断も、結局は右の基準に依拠せざるを得ない。そうだとすると、第一審判決が「たとえそれが事業遂行に必要であるとか、慣行化されているとかの事情があつても、交際費等から除外されるものではない」と判示しているのは、矛盾撞着というほかはない。

五、要するに第一審および原判決は、措置法六二条四項について、これを憲法三〇条、八四条が定める租税法律主義の立場から、厳格な解釈を貫くべきところ、これに反し、安易に本件上告人の当該支出が右条項の交際費等に該当するものとして、原処分を是認したものにほかならず、この点において、憲法三〇条、八四条の趣旨に違背するとの評価を免れず、破棄されるべきである。

仮に、しからずするも、措置法六二条四項に関する前記の見解は、法律の解釈を誤つたものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があるといわさざるを得ず、破棄されなければならない。

第二点 法令違背

一、原判決は、被上告人が、上告人会社の代表者一人が飲食した代金と主張する支出についても、措置法六二条四項の交際費等に該当するとし、役員賞与と解すべきではないと判示している。

二、しかしながら、法人の役員に対する支出が同項にいう「得意先、仕入先その他の事業に関係ある者等」に対する支出に該らないことは、多言を要しない。このことは、支出の相手方に従業員が含まれるかどうかの問題よりも一層明瞭であつて、仮に従業員について適用を認める立場をとつても、役員までは含まれないことは、同条の趣旨から考えて当然であり、このことは支出目的は交際目的であつて、その行為の態様が「接待、きよう応、慰安、贈答その他これらに類する行為」とされているところからも自明といわねばならない。使用人としての職務を有する役員についても同じであり、いわんや本件のように、法人の代表者について、「接待」「きよう応」「慰安」「贈答」「その他これらに類する行為」が、概念として成立つ余地はないのである。

三、原判決は、同一の事実認識に立つて、当該支出が、役員賞与であつて、交際費等ではないとした第一審判決の見解を排し、これを交際費等に該るとの解釈を行なつたものであるが、そもそも当該支出が、措置法六二条四項の交際費等と認定されるか、法人税法三五条の役員賞与(あるいは、それ以外のもの)と認定されるかは、課税要件上、重要な問題である。いうまでもなく、交際費等は、本来必要経費として損金とされるべきところ、政策的な理由から、一定額を越える部分についてのみ損金不算入とされるのであるが、役員賞与は、もともと法人の利益処分であつて、損金ではないという考え方に立つている。従つて法人税法三五条一項は、法人がその役員に対して支給する賞与の額は、所得金額の計算上、損金額に算入しないとの原則を明らかにし、かつ二項において、使用人兼務役員に対する賞与の額については、一定の条件のもとで損金算入の例外を認めているのである。一方役員賞与は法人税法三四条の役員報酬とも隣接する概念であり、役員報酬の不相当に高額な所定部分に限り損金に算入しないとしているところから、その意義を明確にする必要があるが、学説上見解が分かれ、判例上も必ずしも確立されていないうらみがある。

いずれにせよ、税法上、性質を全く異にし、截然と区別されるべき交際費等と役員賞与を、原判決のように安易に解すべきものではない。役員賞与に該当するとする余地もあるが、交際費と解すべきであるというのは、とりわけ厳格性が要求される税法の解釈としては、許されないといわざるを得ない。この点において原判決の法解釈に誤りがあり、法令違背の評価を免れない。

四、ところで本件は法人税の青色申告に対する更正処分であるが、法人税法一三〇条二項により要求される理由附記の目的から考えるならば、争訟の審判の対象は、理由として附記された処分理由の存否ないし可否であり、その記載事項の有無に限局されるべきは当然である。そうだとするならば被上告人が、本件の更正処分にあたつて、上告人会社代表者に対する支出をもつて、これを交際費等に該るとの見解に基いていた以上、少なくとも、その部分の見解の誤りは、更正にかかる所得金額の算定に影響せざるを得ないのである。そして付記理由による拘束は、課税処分取消訴訟における原処分庁の処分を適法とする主張にも及ぶから、裁判所は、損金不算入を認める他の理由でさしかえることは許されず、当該部分について損金算入を容認するほかない。そのいみにおいて、当該支出が交際費等に該らず、役員賞与ないしは、その他のものと解すべきものである以上、これを交際費等と解した原判決の誤りは、主文に影響を及ぼすことが明らかといわねばならない。よつて原判決は破棄されるべきである。

第三点 理由不備、審理不尽。

腹判決は、第一審の判示に従つて、被上告人が主張する本件各年度の飲食代金をすべて交際費等にあたると認定している。しかしながら第一審以来上告人が明らかにしているように、右の支出の中には、上告人会社内において、出前でとり寄せた従業員の補食用食事の代金や、退職社員の送別会や新年会の宴会に要した費用も含まれており、原判決の見解をもつてしても明らかな福利厚生費と解すべきものがある。これらを十分検討することなく、一律に交際費等と認定した原判決は、理由不備か、少なくとも主文に影響を及ぼすことが明らかな審理不尽の違法があり、破棄されるべきである。

以上

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